第2回クラブフォーラム
第2310回例会(2023年11月6日)
「こども食堂と動物愛護」
株式会社オーム電機 代表取締役 逢坂 健一 様
2017年4月南平岸商店街主催による「こみか」でこども食堂が始まりました。最初はお客様が1人もいなく、急遽ビラを作り、駅前や公園で配布し、10名ほどのお客様を呼び込むことに成功し、スタートしました。
私たちの子供食堂は商店街事業であり、上層部からは赤字が多いようだと継続は続けられないと言われていました。
私はこのこども食堂は商売に近いと考えました。
1番大事な事はマンパワーです。人件費が1番かかります。まずそこでここで食堂を手伝っていただけるボランティアを探しました。次に食料や物資を提供してくださるスポンサーを探しました。そうすることで少しでも経費を節約し、継続維持することに努めました。
そして子供200円、大人500円と言う価格設定をし、原価を200円以内に収め、赤字が出ない運営を心がけました。コロナ前は多い時で50人以上も来てくれました。子供たちは食事も楽しみですが、ほとんどは食事の後のゲームや遊びが1番の楽しみでした。そのような環境作りを心がけたのが、たくさん来てくれた要因かもしれません上層部からは呼びすぎだと怒られましたが笑
コロナ禍となり、緊急事態宣言が発令され、一時はこども食堂も開催できないのではないかという危機がありました。一度は休みましたが、お弁当と言う新しい方法を考え、コロナ禍でもこども食堂を続けることができました。
それが今でも続けていけてる理由なのかもしれません。
私は幼少期から少年時代まで1匹の犬を飼っていました。名前はバロンと言うメス犬です。私はバロンを自分の不注意で死なせてしまいました。バロンと散歩していた時、目の前から大きな犬と小さな女の子が散歩していました。女の子が不意にリードを手から離してしまいます。その大きな犬はバロンに向かってきました。私は何の注意もなく見ていましたが、その大きな犬はバロンの背中に思いっきりかじりつきました。その影響でバロンはまもなく死んでしまいました。私はその責任を感じ(二度と犬を飼う資格がない)そう自分に言い聞かせました。何十年か立ち、ペット介護士があると知り、そうなることでバロンに対して贖罪となるのではと思いました。ネットでペットの。。。と調べたら、ペットのおうちと検索されました。そのページを見てみると、そこに1匹のミニチュアシュナウザーがいました。それが保護犬アルビンでした。私はその子の飼い主になる資格がないかもしれません。でも保護犬を一頭でも救う事が、自分にとっても犬にとっても救いになるのではと考えました。そしてアルビンと暮らし始 めて保護犬とは私が考えていたようなものではなかったことに気づかされました。保護犬とは犬のほうに問題があると思っていましたが、ほとんどは人間の都合で、彼らは保護犬になっていることに気づかされました。それが私が保護活動を始めるきっかけになったのだと思います。