第2252回例会

第2252回例会(2022年4月4日)

「犯罪被害者はどうして救われないのか」
札幌真駒内ロータリークラブ 山田 廣 氏 卓話

1990年12月19日の夜、札幌市西区に住む信金職員の生井宙恵さん(当時24歳)が惨殺されます。母親の生井澄子さん(当時54歳)は心の整理がつかず、2年後にやっと宙恵さんの部屋に入ることができます。遺品に手を触れて誓います。「宙恵の命を無駄にはしない。親として出来ることは何でもする」。
しかし、事件は2005年12月に刑事時効により終了します。このままでは娘は救われない。澄子さんは逃げている男を相手に賠償金を求める民事訴訟を起こします。裁判官に逃げている男を犯人と認めてもらい、賠償金の支払いを命じる判決書を仏前に供えたい一心でした。更に裁判の中で澄子さんは殺人の時効の廃止も訴えます。その後、他の事件の遺族らとともに殺人の時効の廃止を求める運動に加わります。運動が実り、2010年に殺人の時効は廃止されました。
澄子さんは現在85歳。しかし、今でもシンポジウムで犯罪被害者を支援する講演を行い、また、道警の依頼により道内の中学校、高校を回り、生徒らに犯罪被害者遺族の気持ちを伝える活動を続けています。

2015年7月3日、札幌地裁805号法廷は異様な雰囲気に包まれました。傍聴席はすすり泣く声で溢れ、裁判員もみな涙します。被害者参加弁護士として、検事の横に座っていた私も胸が熱くなりました。
前年7月13日に発生した小樽ドリームビーチ飲酒ひき逃げ事件の公判です。この日は遺族らによる心情意見陳述が行われました。涙ながらに語る言葉は、家族への愛情で溢れ、事件の悲惨さを余すところなく伝えるもので誰もが胸を打たれました。事件があった7月13日は、道により「飲酒運転根絶の日」に制定されています。

若い男女9名が殺害された座間事件(2017年)の遺族全員、また放火によりクリエイターら35名が焼死した京都アニメーション事件(2019年)の遺族21人は、亡くなった家族の実名を公表しないよう強く希望しました。どうしてでしょうか。それは、実名の公表により、亡くなった家族を敬慕する遺族それぞれの心の中の弔いのプロセスが妨げられるからです。しかし、警察は遺族の気持ちより公益性を優先し、全員の実名を公表します。

娘への誓いを一生果たそうとする澄子さん、法廷で涙ながらに娘への心情を語る小樽事件の遺族、家族の名前を公表しないように強く願う座間事件や京都アニメーション事件の遺族は、私たちに対し一体何を訴えているのでしょうか。それは、今の私たちが見失ってしまっている「命の尊さ」と「被害者の尊厳」、これに他なりません。
東京の電車や大阪のビル放火など、誰が、いつ、どこで犯罪の被害に遭うかわかりません。しかし、私たちは加害者だけに注目し、被害者に対してはいつも傍観者でいます。被害者は孤独です。被害者の権利と尊厳に配慮した法の整備は進んでいますが、私たちが遺族の叫びに耳を傾けることなく、共感することも出来なければ、被害者は社会から疎外されたまま、永遠に救われません。

犯罪被害者を支援するということは、ロータリーが目指す人道的な奉仕活動です。また、私たちが犯罪に遭わず、安心して生活できる社会を実現するためのセーフティネット作りの活動でもあります。自分自身のこととして犯罪被害者支援を考えていただければ幸いです。

(原文のまま掲載)