第2074回例会
第2074回例会 (2016年11月7日)
「神経薬理学の勉強と子育て」
米山奨学生 北海道大学大学院医学研究科 王 冊 さん
私は2年半前に神経医学について勉強したく、神経薬理学の大御所であり特にうつ病と深く関連するセロトニンという神経伝達物質の研究について世界的権威である北海道大学医学研究科の吉岡充弘教授先生に師事をし、神経科学を勉強することになりました。
基礎知識をある程度身につけた後に、研究テーマについて教授先生と相談したところ「君、子育てしながら勉強しているから、それを活かして幼少期のストレスに関する勉強をしてはいかが」とアドバイスされました。実のところ、当初、自分では小さい子どもの精神状態などには興味がなかったです。しかし、いざ勉強してみると幼少期ストレスという研究テーマは実に面白くやりがいがあります。
現段階の研究の結論を先に申し上げますと、行動薬理学的および神経化学的検討によって、幼少期の虐待やネグレクトなどのストレスを受けると成人期の精神疾患発症のリスクが高くなります。動物実験の詳細は省きますが、人間の1歳に相当する仔ラットにストレス負荷させると、ラットが成熟した時に脳の海馬領域のグルココルチコイド受容体の発現が減少し、その結果、それによって制御を受ける視床下部−下垂体−副腎(HPA)系が亢進し、成人期にうつ様行動が確認できました。自慢できるほどではないですが、教授先生のご指導を受けて、いくつか世界初のデータも獲得できました。
私は2016年4月に大学院生になりましたが、その1週間ほど前に長男が生まれました。そのため、大学院の勉強と子育て時期が完璧に重なっていました。自らの実験によって幼少期のストレスが子どもに有害と知ってしまった以上、子どもにストレスフリーになるように一所懸命頑張りました。たとえば息子が悪さをしてわざと味噌汁を床に撒いた時も、叱って躾するどころか、むしろ絨毯にできた染みは「図形がよく色に濃淡があり、美しい!」と無理矢理に褒めたりしていました。しかし、最近彼の行動はどんどんエスカレートし、私の方がどんどんストレスが溜まり、加えて保育園からもよく苦情が来るようになりました。これではいけません、文献を読み漁って、最近漸く幼少期に弱いストレスを体験させると成人期にストレス対応力が高くなるという研究に出会いました。これからは彼に「程よく」ストレスをかけて、いわゆる「野放し状態」を少し正す予定であります。